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乳がん体験記

目 次



はじめに

 
1.乳がん疑惑浮上
(2003年12月)


 

2.経過観察
(〜2004年9月)

 
3.マンモトーム生検
(2004年10月)

 
4.告知
(2004年10月)

 
5.入院〜手術〜退院
(2004年11月)

 
 
6.病理・術後の治療方針
(2004年12月)

 
 
7.ホルモン療法(術後6ヶ月)
(〜2005年5月)

 
 
8.ホルモン療法(術後1年)
(〜2005年11月)


最後に




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5.入院〜手術〜退院


 2004年11月22日(月) 入院

1階で入院手続きをし、病棟へ案内された。
個室を希望していたが空きがなかったようで、2人部屋の廊下側になった。
窓側は、Nさんという消化器外科の患者さんだ。挨拶しようと思ったが、検査か何かに行ってるのか見当たらない。後で聞いたら外泊中で明日戻ってくる、ということだった。

入院中の主治医はN尾先生。
「なんか見つかりにくいのが見つかっちゃったんだって〜?」と声をかけられた。
見つかりにくいの・・・言えてる。

午後、心電図と呼吸機能の検査をした。

夕食を食べてるところへ、執刀をお願いしている主治医のN先生がフラフラ入ってきた。
明日は休みなので、手術の説明はN尾先生がしてくれる、とのことだった。
別にいいけど・・・、考えてみたら、ウチの親はまだN先生に会ったことないんだったっけ。




 2004年11月23日(火) 手術の説明、同意書にサイン

今日は41歳の誕生日。病院で誕生日を迎えるなんて、もちろん初めて。

お昼過ぎ、両親と共に手術の説明を聞き、同意書にサインした。
手術は、<右乳房切除+センチネルリンパ節生検+組織拡張器挿入>だ。

夕食にお赤飯が出た。一瞬、誕生日だから?と思ったが、まさかね。
みんな同じメニューでした!

9時以降は飲み食い禁止。
明日はいよいよ手術だ。




 2004年11月24日(水) 手術

7:00 点滴開始。
8:00 1階のRIセンターに降り、センチネルリンパ節生検のための注射をし撮影。

この時になってブラジャーしたままなのに気がついた。左手は点滴に繋がってるし、N尾先生とブラをはずすのに悪戦苦闘した。あ〜恥ずかしい。

部屋に戻るとN先生がフラッと入ってきた。エキスパンダーを入れる位置の目安のため、胸にマジックで線を描いた。

10:30 RIで2回目の撮影。それから胸部レントゲン。
11:50 On call、ストレッチャーに乗せられて手術室へ。

麻酔から覚めたのは、15:00頃だったようだ。病室へ戻る途中でN尾先生に声をかけられた。
「リンパ節は転移無かったから取ってないよ。よかったね。」
うん、よかった!

19:00 酸素マスクを取る。
21:00 うがいをして水を飲んだ。

傷の痛みはほとんど感じなかったけれど、ずっと寝てたせいか腰が痛くてたまらなかった。





 2004年11月25日(木) 術後1日目

朝一で点滴が取れた。
尿の管を抜き、身体を拭いて着替えさせてくれた。
食事は朝から普通食だし、もう歩き回ることもできる。
ウソみたい。



 
 2004年11月26日(金) 術後2日目

朝方、まだ起床時間前の真っ暗な中を懐中電灯を持った看護師さんが入ってきてゴソゴソ何かしてる。どうやらドレーンの排液を抜くのは朝5:30ってことになってるらしい。

今日は、下半身だけならOKということで、シャワーを浴びた。
手術痕はまだ見ないつもりだったのに、傷口に貼ってあるのは透明なテープだったので見えてしまった。赤い線が一本走っている。痛そう・・・。




 2004年11月29日(月) 術後5日目

ドレーンを抜いた。結構奥深くに入ってたみたいで、抜くとき痛かった。
予定通り30日に退院することになった。



 
 2004年11月30日(火) 退院

朝一で抜糸。最後にスプレー糊をシューッとして終わり。医療用の糊?セメダインと同じニオイだ。
N尾先生とは、ここでお別れ。あとは外来で治療を続けるよう言われた。

病院の中は、病室も廊下もトイレやお風呂も、どこもぽかぽか暖かかった。その暖かさに慣れてしまったせいか寒さが身に凍みた。胸のあたりもなんだかスースーする、寒いよぉ・・・。
退院してから、あぁ、なくなっちゃったんだな・・・、と涙がこぼれてきた。



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