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乳がん体験記

目 次



はじめに

1.乳がん疑惑浮上
(2003年12月)


2.経過観察
(〜2004年9月)

3.マンモトーム生検
(2004年10月)

4.告知
(2004年10月)

5.入院〜手術〜退院
(2004年11月)


6.病理・術後の治療方針
(2004年12月)


7.ホルモン療法(術後6ヶ月)
(〜2005年5月)


8.ホルモン療法(術後1年)
(〜2005年11月)


最後に




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1.乳がん疑惑浮上


 2003年11月21日(金) 人間ドック

会社の健診制度を利用して、10年ぶりで人間ドックを受けた。

<右乳房異常の疑い>で要精密検査、という結果。
専門医のいる病院に紹介状を書いてくれるという。
先生曰く、住所が○○区なら、お勧めできるレベルを満たしていて、それ程待たずに予約が取れそうなのは、M病院か東京K病院。
2つとも名前は聞いたことあるが、ピンとこない。
会社と自宅から、通いやすいほうにすればいい、と言われてM病院にした。

イヤなことは早く終わらせてしまおう!と思い、家に帰ってきて、即、予約の電話をした。
この時はまだ、どうせ乳腺症って言われて終わりになるだろう、くらいにしか考えてなかった。
その後、深刻な事態に展開するとも知らずに・・・。




 2003年12月5日(金) 乳腺外科初診

ドックを受けたPセンターからエコーの画像のコピーを持参してきていたが、もう一度検査させられた。
エコーの結果を持って外科に戻り、診察だった。
どうやら小さなしこりが左右とも3つ4つあるらしいが、「このしこりは悪いものじゃないから、心配しなくていいですよ〜」と言われた。
別の日にマンモグラフィをすることになった。



 
 2003年12月15日(月) マンモグラフィ・細胞診・針生検

初めてのマンモグラフィ。
話には聞いていたが、胸の小さい人は痛い思いをするというのは本当だ。
脇のほうから肉をつまんで胸のほうに持ってきて挟み込む。
検査技師さんは華奢な女性だったけど、すごい力だ!
撮影を終えて廊下で待っていたら、追加で撮影すると言われた。
うまく撮れてなかったのかな?

フィルムを持って外科に戻る。
名前を呼ばれて診察室に入った。
マンモグラフィの検査結果を見たN先生の様子がおかしくなった。
顔を引きつらせて「これは大変だ」とか何とか言いながら、アワアワしている。
塩粒みたいな白いツブツブが“石灰化”で、悪性かもしれないから細胞を採って検査すると言われた。
ベッドに横になったが、何が何だかわからない。
最初に細胞診、次に麻酔を打って針生検、「大きい音がするからね」と言われて、バッチン!もう1本バッチン!
若い研修医っぽいのが見に来てた。看護師さんも顔を強ばらせていた。
とにかく良くない事態だということだけは確か。

この間は、心配ないって言うから、安心しきっていたのに。
急展開に呆然。

1週間後に結果を聞きに来ることになった。




 2003年12月22日(月) 検査結果

この1週間、胃がキリキリして、すっかり食欲もなかった。
年明け早々には入院かもしれないからと、せっせと仕事を片づけていった。

13:00の予約だったが、何時間も待たされた。人の気も知らないで・・・。

結果は、クラス3で良性だった。(この時の説明では、クラス1・2・3が良性で4・5が悪性)
ただし、今回の検査では一部分を採って調べただけなので、他のところに悪性の細胞があるかもしれない、これ以上は切って調べないと判らない、ということだった。
「切るんですかっ?!」と聞き返したが、来年マンモトームという検査機器が入ることになってるから、それからでいいだろう、ってことになった。
完全に疑いが晴れたわけではないが、とりあえずは年明け早々に手術なんてことはなくなって、ホッ。
次回は、3ヶ月後にエコーってことになった。

でも、あんなに慌ててたのは何だったの?それにクラス3って微妙・・・、濃〜いグレーってとこか・・・?



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